碧薄暮
  制作メモ   1~5

さて、どおぉぉぉぉなんだろ。
                       2011/10/03  

4小説化 
 
 1ヶ月ほど前から『物語り』を再構成して一本の小説にする作業を進めている。最初に書いたものからすでに2年は経過しているので、まず気になる語りの声色の違い、言い回しのくどく冗長なものを見つけては均し、違和が出ないよう、特に文脈の流れを意識して推敲を重ねている。もちろん基本的な校正、つじつまの合わないものは修正しながら。語りのうねりに乗ると時を忘れる。ひたひたと登り詰め、峠を越えるると視界が広がる、それからざーっと波を切って先へ、とにかく先へ。その速度がたまらない。物語りの中で映画の1シーンみたいに風になっている。これは快感である。
でも白紙のページに新たに書く作業はこうはいかない。もったり、もうどうしょうもない。頭の中で物語をああだこうだと練っているのに、文として出てこない。脚を机の上に投げ出して、もう何時間もうだうだやっている。頭の中がもにゃもにゃなのだ。文として取り出してくる手懸かりがどうしてもつかめない。もう寝なくていけない時間を先に延ばしてやっと半ページ書けたり、そんな日が何日も続く。おかげで昼夜がひっくり返ってしまった。でもまあ推敲するだけの塊はできてほっとする。とにかく粘ればできる。しかしまあ、ゴツゴツの文章である。これを何度も何度も読み直し、手を加え書き直してゆく。これがおもしろい。手数を掛ければかけるほど、不思議なことに文章はすっと流れるようになる。ホエーって驚き、又嬉しくなる。どこか滞りを感じるのなら、それはまだ推敲の余地があると言うことだ。序章と5章からなる。題は『月の戸を開けて』

                            2011/12/01

3 思い過ごし

ホワイトボードに2週間分の予定を描き込んで進捗状況をチェックしてはいるが制作日誌は付けていない。それに、岩手の山里に籠もって1年もしないうちに日記もやめてしまった。でも気になることや変化があるとメモは残す。まず2011年8月28日のこんなメモから始めよう。
 
 「とうとう光を捉えたぞ。今まで私が光だと思っていたのは半影にしか過ぎない。それが目に見えて分かる。絵の中で光を捉えると、おそらく視覚が再構成されるのだろう、半影が内側からほのかに耀いているのに気づいて驚かされる。かがよう。そう、色彩が深さを獲得したのだ。影あるいは半影を描くのは実はたやすい。というより絵を画くこと自体が明度を失ってゆく、影さす行為なのだから、難しい云々以前の問題である。光に反する行為、というのも変に文学的な言い回しだが、まあ、光を描くのはそうそうできることではない。絵の中で光が何であるのか理解していなければ、言い換えれば光彩を表現できる画法を身につけていなければ描けるものではない、ということになろうか。
光彩を表現する。光を捉える?ほんとうかよ。8/28」
 
こういう事はままある。そしてたいがいそれは思い過ごしである。私のように孤立して創作しているものにとってはえてして陥りがちな錯覚である。ほとんどの場合・・・2,3ヶ月もすれば自ずと分かる。錯覚と分かったときのショックはかなりなものなので、とにかくこういう事は信用しない。それが経験知というものだ。

1ヶ月余りが過ぎた。1作品を2日か3日描き込んで1週間空ける。3作か4作を順繰り画いてゆく本来の制作に戻したから、それから3回制作したことになる。溶剤もヴェネチアテレピンバルサムに戻した。どういうことになっているのかここで比較してみたい。
2010/08/19
そらに出でれば F100号  2010/03/03  
1 丹青

 そもそもこの人はいったい何を描きたがっているのかと自問してみる。たぶん本人が一番わかっていない。しかしどう画いているのかは簡単に答えることができる。繰り返しになるが、たまたま画面に見えてきたものをなぞっているだけだ。

 独自の意匠を発揮し、思い通りのものを描いてゆくには研鑽も積み、技量も才気もある、つまり才能のある人がやればいいのであって、私のやることではない。自分の絵を見て、こりゃダメだぜって思うところは、センスもないくせになんとか意匠を凝らして、それこそ一生懸命、意味のあるものを描こうとしているところだ。たいがいそういうところで踏み違えて失敗している。訴えたいのはわからないわけではないが、ただの浅薄なイデオロギーにすぎないものが透けて見えて見苦しいんだよ。だから、絵を画いているときは、あんた、描かなくていいから、頼むからその作為を引っ込めてほしいって、横からそう自分に言い聞かせているのに、ついこの人はやってしまうのだ。そしてつくづく思う。意味のあることを描きたい、できるのならあらん限りの創意を尽くして訴えたいという人の衝動、あるいは希求はとうてい打ち消しがたい、なんというか、こりゃもうほとんど病だなと。

 倒錯した言い方になってしまっているが、幸い思い通りに描こうとしても、技量などない私の場合まず挫折して、どうにもうまく描けない。しかしひとつの作品で何年もこんなことをやっていると、おお!って思わず声を洩らしてしまうようなものがいつの間にか現れたりする。淡く層を透過して浮かび上がる色彩、その魅惑的なマチエール。こんなのってとうてい狙ってできるようなものじゃない。別の世界から何かの手違いで忽然ともたらされたものかと声をなくしてしまう。こういう部分(断片)が現れると、もうほとんどこれを生かすためだけに絵を画いているような気にさえなる。考えてみれば、思い通りに描くというのはたいがいひとつしかないのに、描き損じには無数のかたちがあって、時に驚嘆するものを創発したりするように思えて、目を奪われる。これがあるから絵を画くことはやめられない。(薄く透明な層を重ねてゆける油彩はそういうことが起こりやすいのかもしれない)実際いろんなものが浮かび上がってくる。ダ・ヴィンチいう壁の汚斑(シミ)の類である。

 けれどこれは「想像力の問題」というよりそれ以前に、人の視覚が、自分の視野に入ってきたものが何であるのか合点するために、そう見えるものを勝手に、そして是が非でも作り出しているように私には見える。だいたい色の濃淡があるだけで立体として見ようとして躍起になっているところなど、ちょっと呆れてしまう。まれに錯視に似た現象も現れたりしておもしろい。

 ちなみにダ・ヴィンチは壁の汚斑が無限の物象に見られることを語った後、その項をこういう警告で締めくくっている。「しかしたとえその汚斑が君に思いつきを与えようとも、それは君に特殊なものを何ひとつ完成する道をおしえはしない。かかる画家は貧弱きわまる風景を描くのである」と。全くその通りである。なぞったところで何処にたどり着くのかさえまるで見えない。が、しかしである。風景という言葉を景色、またその景・気と読み替えたらどうであろう。あながち貧弱きわまるととばかりは言えないのでは。あるいはそれらの汚斑は別の世界からもたらされた何かの痕跡かもしれないと想像することだってできる。多世界・多宇宙、ひょっとしたらすぐそばにあるかもしれない異次元時空。そういう量子論がもたらした最近の宇宙論が私は大好きなのだ。だから、これは比喩としてだが、絵を画いていて知らないうちに現れるそれらの「汚斑」は別の世界から届く影であって、それをなぞり色づけてゆくことによってこことは違う別の宇宙と交信している。その画面に、いったい何が現れるのかと思うとワクワクしてしまう。そしてコンピュータは、そういうたまたま画面に現れた「汚斑」を、手でなぞり、幾重にも層を重ねながらて描いてゆくという、終わりの見えない、冗長な手続きを一挙にクリヤーできる画期的な道具なのだと私は思う。たんに偶然現れた「汚斑」をデジタル化して取り込むだけではない。「丹青は画架に向かって塗抹せんでも五彩の絢爛は自ずから心眼に映る(漱石)」そんなものとうてい見えない凡人にも、心眼に代わって平等にディスプレイに映し出して見せてくれる、というだけでもない。それに替わるものを人工的に作り出し、わんさと用意されたツールを使って加工、変換、合成・・・等々、つまり、繋がりを見いだして編集し、意のまま構成してゆけるということだ。これを使わない手はない。そして最初に還ることになる。

 とりあえず「完成予想図」は作ってみた。しかし制作を始めると困ったことに、実際に絵の具を使って手作業で描いてゆくことと、パソコン内で画像を操作することとが、まるで位相がずれてしまっていて作業が繋がらないのだ。皮肉なことに交信が成り立っていない。画像としては同じものを扱っているはずなのに。
 でも考えてみれば同じ「絵」ではあるが、実作とそれを取り込んだコンピュータが扱うデジタル画像とはまったく違う物なのだから、当たり前といえばそうなのだが・・・あれ!っていうぐらいまるで組成の違う二人の自分が、違う方向を向いて別々の作業をしている。これが今私の抱えている課題である。もしフィードバックできる方法なり繋げられる回路を見つけることができれば、何を画いているのか、何処にたどり着けるのかもわからない(時に薄氷を踏む思いで)、それは絵を画く醍醐味でもある、と「特殊なモノを完成させる道をおしえる」ツール、その両方を私は同時に手に入れることができるだろう。ほんとうに? 次作ではその課題を克服してみたい。
                                                                     2009/12/31

5 メモを装う
 
 これは日記の類ではない。強いていえば、メモを装った“ 騙り”である。日付は飾りのようなもの。だから、それぞれに題を付けている。読み直して、その都度気が向けば書き直し、削除し、書き加えている。これからもそうだ。生の言葉は、そうした方がおもしろかろうと思えるときだけ使うようにする。したがって、サイト内の他のコンテンツと同様、このメモも、いかに語る(嘯く)かを目指している。私は、あなたを騙ることができる。描かれたリンゴが食べられると思っている人は、そうは居ないように。
ものがたり。小説というより、その次に繋がってゆく、「物語り」と呼んだ方が私には自然な感じがする。は一応完成した。それなりの達成感を味わうことができて幸いである。でも、すぐに過去形になる。結果は五月まで待たなければならない。が、とにかく本にしたい。私は図書館に置いてある触れられる本が好きなのだ。Webページの方はそれとは違って、画像をふんだんに使って、物語りも別バージョンを考えている。付け加えたいことはたくさんある。続編も考えないではない。とにかく画像を使って自由にやれる分、こっちの方が断然おもしろい。活字の本じゃ物足りない。まあゆっくりやろう。こっちは急がなくていい。

                            2011/12/13

 これでもう4年近く描いている。しかも裏面である。表側は描きすぎてあまりにコテコテになってしまって、かといって新たに画布を買うのももったいない。で、ちょうどジェッソ(地塗り塗料)もかなり余っていたので、裏返して張り直し使っている。私は厚塗りするタイプではないけれど、4年も経つともうコテコテである。だからこのキャンバスは運ぶのが嫌になるほど重い。でも何年も同じ作品を描き続けていると、う~んってもう腕を組んで唸るしかないような魅惑的な部分が、私の意思とは関係なく忽然と現れたりする。この絵の場合真ん中の朱の部分。写真ではまるで分からないが、マチエールといいその色合いといい、官能をそそられる。まるで別の世界からちょっとした手違いで、賢治のいう「きらびやかな氷窒素のあたりから」たまたまこの画面に落ちてきた何かの化石かもしれない、と思えて息を呑む。とてもじゃないが狙って描けるような代物ではない。




 それからはもうこの部分を活かすためだけに何ヶ月も費やした。それができなければ、もう絵を画く資格なんてない。そういうなんだか切羽詰まった思いだった。しかしどうしてもうまく行かない。活かかせず鬱屈した日々が続くと、この部分に手を加えないから先に進めないのだという忠告がだんだんまっとうな意見のように思えてくる。ある日ついその囁きに乗って私は手を加えてしまう。そして後悔。私は、せっかく現れた「奇跡」を泥靴で踏みにじってしまった大馬鹿者である。因果交流電灯は消え、もうどう描いたらいいのかさえ分からない。こんなものはもうなんの意味もない。そして再び囁き声が聞こえる。
 仲間もなく、だいたいこの5年近く誰かと話をしたこともない、という安逸な暮らしに浸ってしまった私のような世捨て人は、きっとこういう誘惑に陥りやすいのだ。その声は云う。驚異的なまでの複雑を孕んだ単一性、そうあのモノリスを作り出さなくてはならないと。
 跳んだ、奇跡 

 再び夢中になって私は描き始める。モノリス?しかしひとつとして、なにひとつとしてうまく行かない。もうどうでもいい、ある日、はらわたが煮えくりかえった私は、鉈を持ちだしてきてカンバスをたたき壊す。ズタズタにしようとしてやっと気付く。これは希有な人、鬼才とか天才の仕事であって私のやることではない。クソッ!ひとり鼻で笑ってみる。。熱が引き、憑き物が落ちる。
見えているものなぞる。それでいい。そして更に現れてくるものをなぞってゆく、次々と。「作意」は括弧にくくる。見えないものを逃さないように。そこに戻らなくてはならない。はじめからやり直し、である。もう一度最初に戻る。

空に出でれば、そういえばあの物語で『モノリス』に触れた最初のヒトザはMoonWacherだった。どこかで繋がっているのかもしれない。
ふとそう思う。
寂しい月の夜カンバスに向かい、世にあらじとも思い立って岩手まで来ちまったのかよ。おいおい。

今思い出した。むかし、う~ん、1990年だ。
最近、いい映画がないよなぁってぼやきながら、彼女に今どんな映画が観たいのか訊いたことがある。
かりんは即座にこう答えた。
2001年宇宙の旅みたいなSF
確かに、どこかで繋がっているのかもしれない。
                             2010/12/09

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