昼の(そら) F100号 1620×1303㎜
番外篇
 水のかたち F120号 1940×1303㎜
第1部往相篇 
 夜の(そら) F100号 
表題に使用した甲骨文・金文は、無料で提供されている立命館大学白川静記念東洋文化研究所による白川フォントを利用した。感謝。

では、始めよう。
 若 F100号
 見  F100号
 奭身  F100号
ここに並べたどの作品も完成してはいない。何がどうなってどうしたらいいのか、本人にはわからん。が、岩手に来て16年どうにかここまでは描いた。それで分かったことはここから先展開できるとすれば、天才、この言葉に語弊があるのなら、まあ要するに、才能の煌めきがなければ進めるはずもねえだろうという現実。で、この画室のどこを探してもそんなものは無い訳で、へこたれもするがこういう<悲惨>には非現実をもって世界を解釈し直すのがフラジャイルという方法。ここは洞窟(あな)の中、アルタミラやショーヴェの洞窟壁画を描いた者達の末裔、そこに続く生まれ代わりになる。それを自覚する時間のない「今」は頭顱(とうろ)(されこうべ)という(あな)の中。現代の洞窟はそう、脳である。
 雲  S100号 1620×1620㎜
第1部『往相篇』はF100号5、S100号1、F120号1、番外篇F100号2を加え計9枚。
第2部『還相篇』はF120号3、F100号4、番外篇F100号1計8点。鏡の向こうとこちらだ。
同時進行でそれぞれ一点々経過を追って各作品を『繪畫く』で物語ることになる。奇数章は制作の実際を掘り下げて綴って見る。偶数章では繪畫いてゐて起こったこと、やって来たモノを「舊假名遣ひ」で歌つてゆくことになる。日本語の多層に渡る二重性を利用せぬ手はない。これから10年は掛かる。なんだか面白そう。
この第1部はあと1年もあればできあがるとこまでは辿り着いた。7枚で一つの作品。(どうくつ)壁画なのでできるときには一挙にあがるだろう。なのに大家の相続問題でここを立ち退くことになってしまった。苦労して畑も再生させ、家を修理し、野菜作りの面白さがようやく分かってきたときなのに、水と絵糸と遊ぶこの洞窟がなくなる。どうすりゃあいいんだ。
白川静によれば 天の上部は一ではなく人の正面系に大きな頭を加えた形()で、天・地にもとその字なく、天空の儀はされこうべ空竅のドーム形を空にまで拡大した用法(字統による)。ならば天空に輝く無数の星はその数にも匹敵するニューロンの発火。この洞窟(あな)はそういう二重性の世界。二重性などというとなんだか量子論を思わせるけれど、絵を描くだって光と色を扱うのだから、ひょっとしたら量子論と交差することがあるやもしれぬ。そんなことがあったら、ぼく発狂しちゃうな(笑)。
ここにあるのはその空を映す(みずかがみ)は水に映った自分の姿を()る象形。その水から光を掬う。すくうことはここでは同時に塗抹すること、それが繪畫(ゑが)くという、才能とは無縁の、その映った空から水をただただひたすらすくう絵を画く方法。もちろん救うでもある、掬うのは光の糸(ひもだったりして)、とりあえずそれを絵糸とよんでおく。
庭・畑には生き物たちの秘密がそよいでいる。耳を澄ます、降りしきる雪のなか、枯れずに冴える薔薇の花が一年の終わりを詠む。

    月虹の蛹になって眠り入る 雪凍え薔薇さへ萌ゆる夢

その夢から真っ先に覚めるのが雪の切れ目から顔を出す蕗の薹。天ぷら、パスタも極上、この苦みの清冽な香りが植物たちの季節の始まりを嗅ぐわし、凍える薔薇までの間次々と、風が誘ふなか花々が美を舞う。去年手が届くぐらいのこんもりとしたツバキの中にモズが巣を作ったのは、なんとも心秘やかな出来事だった。鳥には巣を出入りする路がちゃんとある。
広くはないけれどそれら花木に囲まれて私の畑がある。雪がすっかり溶ければ、年を越した白菜やブロッコリーが菜の花になり、別に美味くはないけれどこれを食べないと春にならない。雪に耐えたほうれん草、パセリ、セロリがまた芽ぶいて、その葉っぱを摘んで作るライスサンドが私の大好物、これさえ食ってりゃ生きてゆけるのだ。漬けた梅酒の実を囓り、口にしたどんな酒より旨い。干し柿、干し芋、椎茸もわんさと作る、白菜はキムチ、大根はたくわん、これで冬を越せる。
庭畑は絵を画くことの実は竅の表・外気なのかと、いや、もしかしたら住人に代わって植物たちが夢を見ている地、なのやもしれぬ。私が見ているのは季節のうつろひとともにゑがかれてゆく生き物たちの気色(kewai)。この庭を失ってしまう古希を前にしてようやく気づいた、そういうことを『繪畫く』偶数章で騙ってみようかと。何かが音連れる、庭畑には文の神様が使わすだって来るのだから。
これが残された生涯の遣るべき事、去り難き庭畑にて、
朔の時間は少ない。

  漆黒の月隠り瞬く
  独り虚を得て界を閉ざせば
  眼華 
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